97年製Z世代ハードロック好きの自由帳

1997年7月生まれが愛してやまないハードロックを語っています。

台湾人元カノからの贈り物が怖い話

※この記事はこちらの記事の続きです。

https://akkycheung.hatenadiary.jp/entry/2024/12/09/231028

単刀直入に申し上げますと、怖い笑い話です。


もう完全に解決したのですがあまりにも怖くて笑えるんで偶然この記事を見てくださった方はどうか笑ってください。笑



あれから半年後....



僕はこの愛の物語は別れを告げられた時点で、宗教という恋愛における厄介すぎる障壁が出てきたので尻尾を巻いて逃げたのでそこで終わりにしていた。



それから今年5月ごろに前職場の人間関係を断捨離していた際にこの元カノのLINEも完全に削除し、僕も新しい人生をすっかり歩んでいた。



ちなみにこの元カノは大学の同級生で運命のような出会いをし、馴れ初めも青春漫画や映画のようで、お付き合い自体はクリスマスイブの遊園地の夜景の中スタートした。



元カノは元々標準の日本語はペラペラやったんやけれども、僕は生憎大阪弁しか話せんので日本語ベースで徐々に中国語の割合を増やして会話していたので1年経つ頃にはすっかり元カノにも大阪弁がうつっていた。


何かを思い出したら「せや!」って言うし、語尾にはすっかり「やねん」がつく良いのか悪いのか分からへんけどもエセ大阪人になっていた。



向こうの大学に居た頃はいくつか同じ授業を取り、大学の活動にも2人で参加したり、他にも放課後や休みの日に数えきれない場所に出かけた。



本当に夢のような日々だった。



それまでは生活も恋愛も荒んだものばかりだったので、映画のような恋愛ができて僕の心もあたたかかった。



1500km離れた遠距離恋愛だった。



そんな大恋愛が終わりを告げた。



SNSも全てブロックし、もう終わりだと思っていた。



別れ方は別れ方やけれども別れたのに変わりは無いので僕は元カノが別の世界で幸せになることを願いながらも忘れていった。



それに、僕自身依存や執着なんてものはとっくの昔に捨てたのでどちらももう無い。


でもそれはあくまでこちら側だけの話。



恋愛というのは相手があってのものであり、相手は相手で別れてからも思うことがあることもあるらしい。


たとえ自分が振った相手に対しても。



そして先月末ごろ、元カノのお兄さんをお迎えに空港へ。。



空港着いて待ってたら居るではありませんか。



お兄さんと元カノとお母さんが。



まぁええか、再開するとは思ってなかったしもう何も思わんし。


お兄さんはやっぱり車内で盛り上げ役を買って出てくれてた。

有名な建物の横を通った際には車内全員に話を振り、僕にも話を振ってくれる。


...んやけれども何せ車内の雰囲気よ笑


そんなこんなでカオスな中無事に一行を宿泊予定のホテルに送り届けて荷物を下ろし終えた頃...


別れ際、元カノもお母さんのところへ行けばいいのに頑なにお兄さんと僕の側を離れない。


嫌な予感がしたと共に赤い小さい紙袋を渡された。


赤い小さい紙袋で、その時はお菓子のお土産かな?とか思っていた。



その時はお兄さんのお土産が多すぎて重すぎやぞとかどうやって持って帰るとか考えていたので帰り道も大阪府北東部に入るまではすっかり元カノがくれた紙袋のことは忘れていた。


それから大阪府大東市の辺りを走っている際にふと、紙袋のことを思い出した。


放っておけば良いものを。


けれども僕って人間はそうはいかない。

正確には僕の記憶力が許さなかった。


この日ほど僕の記憶力を恨んだ日は無かった。笑


後部座席の下に潜り込んでしまっていた小さい紙袋を手に取り助手席に放り出す。


そして、次の信号待ちで開封してみると、包装された箱と細長い直方体の箱と分厚い封筒が。


なんやねんこの禍々しい封筒は。


嫌な予感が的中した。


紙袋と中身が一致しないのはよくあることなんやけれども、まさかの予感が当たってしまった。


封筒には僕のフルネームが。


封筒の分厚さを知って、嫌な予感が当たってしまっていたことを察した。


賞状みたいな便箋なんやけど、黒塗りの箇所全て付き合ってた当時の2人の写真。


なんやこれ。笑


内容は一応これでもプライバシーに配慮して割愛なんやけども、


・付き合って遠距離だった際に数々のバイトをしながら飛行機代を工面して台湾に来てくれていたことへのお礼

・愛情溢れる生活だったけれども将来に漠然とした不安があったので変な宗教に走ったこと

・これからはお互い社会人なのでお互い歩む人生があるからそれぞれ別の道を歩もうという別れ


が15行ほどに渡って中国語で書かれてあり、この内容は正直普通のもんやった。


あとは僕に今後も台湾を好きで居て欲しいことと、中国語を学び続けて欲しいことが書かれてた。


そもそも僕は元カノの有無関係無しに台湾は昔から好きやった。


別れても台湾が好きなのは変わらん。


伍佰追っかけ続けてるし。



あとさ、張さんはもうちょっと日本語勉強してって感じやけども今でもほぼ毎月中華圏からお友達訪ねてくるからそいつらとのやりとりで中国語バリバリ使うから続けるしかねーんすわ。笑



別れてからお兄さんからも状況は飛び飛びで聞いてたんやけども、元カノは僕と別れてからは日本語に触れなくなり、他の男にも興味を示していないらしかった。


中国語で書かれた手紙は貰い慣れてるし読み慣れてるからいいけどね。


てか、日本語で書かれて嫌なことを脳が思い出すよりはマシやから手紙の内容はヨシ。


手紙以外の内容物はI Love Taiwanと書かれたマグカップゴッホの星夜のデザインのボールペン、台南で買ったであろうお土産のお守りやった。


前2つは売れるにしても、お守りは怨念こもってそうで嫌すぎる。笑


とりあえずゴッホのボールペンは一旦出品して、マグカップハードオフに売りに...笑



ってあのさ。


人様から物貰う時点でありがたがるべきなんやけれどもさ、めっちゃ思うんよ。


なーんでどいつもこいつもANNA SUIのオードトワレくれへんの!?


これ何本あっても足りへんから普段から欲しい欲しい言うてるんに。笑


こういう何の脈絡も無い、開けた途端首傾げるようなのが一番いらねえ



そういう意味では過去に記事にもしてる、お互いに意味を込めてプレゼント贈り合える同級生のお友達数名が居てるんやけど、マジで貰って楽しいしお返し考えるのも楽しい。



とか考えながら、仲の良い知り合いにこの経緯を話していたら一言返ってきた。


「写真の裏見てみ」


何か寒気がした。


それから恐る恐る20枚ほどある貼られている写真の裏を見てみると....



ビンゴ。


そのうち半分ぐらいの写真の裏に写真の思い出のメッセージが入っていた。


そして最後の1枚となった手紙の表側の一番下の中心に貼られている写真の裏を見てみると....


寒気しまくり。笑


めっちゃ最近ですやん笑


しかも大阪弁



これほど母語で伝えられた言葉が嬉しくなかった時は無い。笑


この一言を見るまでは普通の手紙やと思ってたし、この手紙自体はその辺の河原で燃やしたらええと思ってたんやけど、この呪いのワードを発見した直後には素直にお守りと共に供養に出そうと決心した。


これ捨てたり燃やしたりしたら祟られる。笑



もう僕は完全に何の気持ちも無くなってたし、再び会ったところで見るに耐えない姿に豹変していた元カノを見てゲンナリしてた。


それから1週間ほど頭が痛くて手が進まなかった。



未練ってよりも僕の脳が強制的に思い出を再生したりそれにまつわる記憶を読み込むからその処理で頭がいっぱいやった。



あとは、



「深く関わる女性全てを狂わせてしまう僕はなんて罪な男なんだろう」


っていう形で自分を責めていたのでほぼ動けない日が続いた。



まぁ、それだけ他人のために人生を精一杯生きたって勲章なんじゃないかなーっていう着地点を見つけたので一件落着。



知恵出してくれた人、めっちゃ言語化上手い人なんやけどほんまに尊敬してる。



もちろんこの件は元カノお兄さんに通訳必須な場所や夜のお店を案内する際に愚痴兼クレームと共に話したので完全に解決済み。



大恋愛の果てがこれかいな。笑



もう僕自体は何の感情も無いし何なら忘れそうまである。



なので少しでもこの出来事を昇華したいのと、僕も新たな恋愛に進めるように祈ってこの記事にしました。